So-net無料ブログ作成

日本サッカー史研究会を取材。

新しい週がはじまりました。5月も19日になってしまいました。

朝から原稿書き。国体の記事も、なんとか50回をクリアー。こちらは5月末日の締め切り原稿ですが、積み残しの原稿(3月25日が締め切り。遅れてスイマセン)の資料を捜しに出かけます。

とりあえず、他の用事もあったので護国寺の出版社へ。資料センターで資料さがしを小1時間。

その後、日本サッカー史研究会に出席するため、お茶の水の日本サッカー協会へ。
午後7時開始の会合だったのに、勘違いで6時に行ってしまいました。もう少し、資料検索できたのに失敗でした、でも、ゆっくり会議室で思索できたので、よかったのかも。やはり、人生は余裕をもたないといけませんね。

きょうの講師は、元サッカー協会専務理事の森健児さん。2002年の韓日ワールドカップまで、日本協会で大活躍された方です。1937年生まれですから、73歳。でも、とってもお元気な方です。
森さんは広島の修道高校出身(わたしの出版界の師匠・風呂中斉サンも修道OB。1990年イタリア・ワールドカップ開催中に急逝されています)。第8回国体で優勝されているそうです(出席者のなかに東京教育大学付属高校で同じ大会に出場されていた方がいてビックリ)。慶應義塾大学、三菱重工へ進まれ、仕事をしながら三菱養和クラブの立ち上げ、日本サッカーリーグなど運営。Jリーグの立ち上げの環境整備に尺力された方です。
興味深かったのが、当時のアマチュアリズム全盛の日本で、プロフェッショナル制度を導入するのに苦労された件でした。ちょうど今、わたしが執筆している原稿に関係する話でした。
「実際はプロだが日本体育協会や文部省を騙すため『スペシャルライセンス』という名称にして奥寺君や木村君をプロにしました」というのが事実のようです。そこで慌てた日本体育協会は「アマチュア憲章」を大急ぎで「プレーヤー憲章」に名称を改訂したそうです。納得!

興味深いお話は尽きませんでしたが、9時に会合は終了。
お茶の水の居酒屋「ちょう栄」に場所を移してアフターファンクション。11に30分頃お開きとなりました。

再び護国寺の出版社へ戻り作業。

帰宅したのは、日付が変わって1時30分すぎ。
原稿を書きのモチベーションが上がる有意義な1日でした。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0