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日本オリンピックアカデミーコロキウムに参加。岩瀬さんに再会する。

肌寒い春が続いています。
今日も最高気温が20度に達しない4月中旬の気候だとか。

早朝から秋篠宮眞子さま御成婚の話題一色のテレビ報道。
フジテレビの女性アナウンサーが、「国際基督教大学」を「コクサイキトクキョウダイガク」と読んだのにはビックリしました。しかも周りのスタッフも気がつかず、訂正するまでに随分時間がかかりました。
それにしても、どうして発表が今なのか?
いろいろな問題で追い詰められている安倍政権が、話題をそらすためリークしたのではないか、と疑ってしまいます。なによりもの証拠は、
「しかるべく時期がきたらお話します」とだけインタビューに答え続ける小室圭さんの態度もおかしい。
そういうことを、きっちりと検証していくのもジャーナリズムのお仕事のはずです。

検温、血圧、体重測定、朝食、投薬と術後のルーティーンを8時30分までに済ませます。
それから暫時休養し、「ノンストップ」が始まる頃から起きだし作業。

昼食を挟んで明日出発するU-20ワールドカップの下調べ。
予定を立てている時は楽しい取材行も、いざ行くとなると不安になるものです。

4時50分、ドン曇りの下、新中野に向けて自転車を走らせます。今日は明日の出発に備えてアフターファンクションには参加しないことにしました。
午後5時45分、会場の新中野切手サロンに到着。日本オリンピックアカデミー主催のコロキウム(オリンピック・パラリンピックの映像を鑑賞して意見を交換する会。首都大学東京の舛本教授が主宰者)に参加します。今回は会を重ねること178回。お題は「シドニー・パラリンピック開会式」。13名の善男善女が集まりました。

2000年に開催されたシドニーパラリンピック。
1988年のカルガリー冬季大会からオリンピックを現地で取材していた私は、ソウル、アルベールビル、バルセロナ、リレハンメル、アトランタ、長野と7回連続でオリンピックを取材していた私は、とうぜんシドニーも取材すべく準備を進めていました。取材用のADカードは手に入らなかったので、チケットの手配も済ませ行くばかりになっていたのですが、開幕直前に名古屋の実家が水害に遭い、その後片付けのため行くことができませんでした。痛恨の記憶です。
そんなわけでシドニー・パラリンピックの開会式が挙行されたオリンピックスタジアムも行ったことはありません。まったくTV画像で観ただけです。

それにオリンピックの開会式は記憶にあるのですが、パラリンピックの開会式については、ほとんど初めて観るような状態でした。
式前のパフォーマンス、参加する国と地域の入場行進の途中まで見ました。行進は、ほとんど終わる前まで来ていましたが、それでも1時間30分強。この大会は122の国と地域が参加していたといいますが、それでも時間をとります。
行進している人たちのユニフォームが色とりどりで楽しく、雨が降っているにも関わらず、観客席を埋めたボランティアの人たちの楽しそうな雰囲気がオーストラリアらしくて良かったですね。
来月の例会は、6月21日に決まりました。この日はサッカー天皇杯2回戦の開催日。たぶん、欠席でしょうね。

帰りがけ会場のエレベーターホールで、コロキウムに参加していた一人の女性から声を掛けられました。
「白髭さんでいらっしゃいますよね。昔、高校サッカーの仕事でご一緒させていただいた岩瀬です」
このブログの5月1日の記事で紹介した元宮城テレビ放送の岩瀬裕子さんでした。
コロキウムに参加する女性は珍しく、初めての方だけどどこかでお会いした方だな、と思っていましたが、まさか岩瀬さんがいらっしゃっているとは思いませんでした。
彼女は現在、荻窪にお住まいで、帰る方向がご一緒だったので途中まで青梅街道を一緒に自転車を走らせました。その途中、お互いの近況を語りあったのですが、彼女は今は首都大学東京(舛本先生の教え子ではないそうです)で大学院修士課程を受講されているそうです。まあ、スペインに留学されていたこと、バスケットボール世界選手権の際、世界一に輝いたスペイン代表のアタシェを務められたなど多才な方ですが、まだ勉強されているんですね。
4歳の男のお子さんがいらっしゃるそうで、その坊やと今季のベガルタ仙台の開幕戦を観に行ったと楽しそうにお話しされていました。
彼女とは、荻窪の環八を越えたあたりでコロキウムでの再会を約してお別れしました。

午後9時30分帰宅。
夕食を済ませ、床に就いたスポーツ三昧でした。


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