So-net無料ブログ作成
検索選択
2017年04月| 2017年05月 |- ブログトップ
前の10件 | -

FIFA U-20ワールドカップ4日目、大田に移動して2試合取材。

朝7時、恐ろしく狭いホテル(正しくは「ジャン」)で目覚めました。
日本の超狭いビジネスホテルくらいの広さですが、バスタブはないもののシャワーが付いていたのでシャワーを浴び、朝のルーティーンを済ませました。

今日は全州と大田で試合があります。普通なら韓国戦が行われる全州に行くべきでしょうが、韓国は開幕戦を全州で見ているので、裏メニュー(?)が行われる大田に行くことにしました。
2002年韓日ワールドカップが行われたスタジアムのうち、まだ行ったことがないのは大田と済州島だけです。それにドイツvs.メキシコ戦も見てみたかったので……。

9時にホテルを出て仁川バスターミナルへ。2014年のアジア競技大会のMPCへ行くときに使い慣れている仁川地下鉄1号線で行ってみました。
まあ、韓国の地下鉄は不親切というか、エレベーターやエスカレーターの作り方が不親切です。エスカレーターの最後に階段が5段くらいあったり、場所が分かりずらかったり。ともかく難渋します。
10時すぎにバスターミナル到着。10時20分発のチケットがゲット出来たので早速車上の人に。

市内を出る前に渋滞にはまり予定より10分ほど遅く12時30分に大田バスターミナルに到着しました。
とりあえず鉄道の大田駅までタクシーで移動。大田駅は改装中で装いを一新していたのにびっくり。
そしてワールドカップスタジアムまで地下鉄で行ける事にびっくり。
地下鉄の駅からスタジアムまで約1km.。青果市場を突っ切るのですが、玉葱やら大蒜の臭いで充満していました。
VIPと同じゲートから入場。スタジアムへは右側からはいれました。カンファレンスルームとSPCが隣同士。トリビューンにはエレベーターで行ける好環境ですが、SPCが狭いということで2部屋あり、わたしが入っていた部屋はボランティアの溜り場のようになっていたのが玉に瑕。あまりに五月蝿いので
「ここはメディアセンターですよ。ボランティアセンターではありません」と怒鳴ってしまいました。
まったく昔の銭湯にいた五月蝿い親爺です。わたしもそんな齢になってしまったのか……。

第1試合は、U-20ベネズエラ vs. U-20バヌアツ戦。バヌアツは、すべてのFIFAカテゴリーでもワールドカップは初出場。注目のデビュー戦でした。

続く

[結果]
U-20ベネズエラ 7-0 U-20バヌアツ(前半2-0)
U-20メキシコ 0-0 U-20ドイツ(試合終了)


U-20ワールドカップ3日目、仁川でグループF2試合を取材。

ゴージャスなホテル名作をチェックアウトしたのは12時すぎでした。

目が覚めてから朝のルーティーンを済ませ、豪華ジャグジーバスに浸かって身も心もリフレッシュしました。昨夜の試合の再放送を見て(イランの試合も見ました)大きなベッドの上でゆったりしました。
トイレ韓国には珍しいウォシュレット。バスロープも2着。それでも1泊4万ウォン(約4000円)ですから安いですね。
眼鏡屋さんは駅までの10分間では見つからず、1号線に乗って九老出乗り換え(この駅はエスカレーターもエレベーターもなし)、午後2時すぎには仁川の桃源に着きました。スタジアムは駅の目の前。アクセスに苦労する韓国のスタジアムですが、ここが最高に便利です。1時間30分も地下鉄に乗ったのに料金は1750ウォン。日本円で175円。日本の公共交通料金は高すぎます。
ところが、またぞろメディアセンターまでの導線がわかりずらい、結局「メディアパーキング」の表示に従い駐車場まで行き、そこからSMCに辿り着きました。
ここのスタジアムにはショッピングセンターが併設されており(ホーム・プラス)、久しぶりにそこでまともな食事を摂りました。なんと海鮮鍋のバイキング。少し食べ過ぎてしまいました。
それでも7900ウォン(790円)です。水原から仁川まで地下鉄1号線で約1時間30分。その運賃も500ウォンでした。信じられない!

午後5時から今日の試合が始まります。
今日の仁川の2試合はグループF。マニアックなチームが四つ揃いました。
日本人メディアは、私一人かと思いきやエクアドルファンが3人いて日本人メディアはライター4人。
ここの移動はすべてエレベーターで出来便利。2014年の仁川アジア競技大会の来場ですが、あまり印象に残っていません。2002年のワールドカップで使ったスタジアムも健在ですが、巨大すぎて使い勝手が悪いらしく今は、ここのスタジアムがKリーグ仁川ユナイテッドのホームになっています。アジア競技大会に新設されたメインスタジアムはどうなっているのでしょうか?

続く

[結果]
U-20エクアドル 3-3 U-20アメリカ(前半2-1)
U-20サウジアラビア 0-2.U-20セネガル(前半0-2)

水原に早朝移動。U-20日本vs.U-20南アフリカ戦を取材。

5時15分、全州高速バスターミナルからソウル行きのバスに乗車。
途中1回トイレ休憩が入り、オンスケより5分早くソウル・セントラルバスターミナルに到着。
バスターミナルの中で朝のルーティーンを済ませます。

地下鉄を7号線に乗り、途中で1号線で水原まで来ました。日曜日ということで通勤ラッシュもなく
少し疲れたのでFIFAのオフィシャルホテルに指定されているノボテルで一休み。
12時少し前に駅前を歩いていると市内バスの案内板があり、どうやら駅前からは18-1か52のバスがワールドカップスタジアムの前を通るらしい。
バスを待ったが、なかなか来ない。たまにきても行かないという。どうやら反対の方向のバス停でまっていたらしい。そこで通りを突っ切り逆方向のバスを待ったが、運ちゃんに聞くと逆だという。
時間は1時を回っている。プレスセンターは2時からオープン。せっぱ詰まって、結局タクシーで行くこtおに。ああ時間の無駄。徒労に終わりました。
9600ウォンを払って、スタジアム到着。バスだと1300ウォンだったのに。

メディアの入り口が分からず、役員に聞いてみたらVIPのエントランスを使わせてくれまし絵た。ここは全州と異なり高低差が凄い。SPCとメディアカンファレンスルームは2階。ミックスゾーンは1階。メディアトリビューンは5階といった具合です。ヤレヤレ。
キックオフ1時間前にメンバーリストが配布されました。
U-20日本代表のスターティングラインアップは、GK小島(早稲田大)。DF初瀬(ガンバ大阪)、富安(アビスパ福岡)、中山(柏レイソル)、船木(セレッソ大阪)MF板倉(川崎)、坂井(大分トリニータ)のダブルボランチ、右翼が堂安(ガンバ大阪)、左翼が三好(川崎)。FW小川(磐田)、岩崎(京都サンガ)。中盤ボックスの4;4;2の布陣です。注目の久保(FC東京)はベンチスタート。
対するU-20南アフリカ代表の先発は、GKムボト(スパースポート・ユナイテッド)。DFムクメラ(マメロディ)、ムテテワ(オリアンドレテラス)、レポマレペ(オリアンドレテラス)モディセ(マメロディサントス)。MFセレ(ベンフィカリスボンPOR)、メイクカイザーチーフス)のダブルボランチ、右翼がメバサ(ビドベストFC)、左翼がマルゴマン(アヤックスケープタウン)、トップ下がシング(スポルティング・ブラガPOR)。FWマクガルク(マメロディー)4:2:3:1の布陣です。
午後5時ちょうど日本のキックオフで試合開始。

日本のU-20ワールドカップ出場は5大会ぶり。8年間のブランクがあります。前出た時は、平山相太がいたときで、開幕戦のオランダ戦はチンチンにやられた記憶があります。いつでも大会最初の試合は上手くいかないものです。
身体能力に勝る南アフリカは、試合はじめからアグレッシブ。前係で攻めてきます。日本は少し受けに立ってしまいました。
前半7分、南アフリカのマーゲマンが右60度遠目から思い切ってシュート。これを戻りながらブロックしようとした中山の足に当たってゴールイン。公式記録はオウンゴールにはならずマーゲマンのゴールとしました。
これに目を覚ましたのか日本も攻撃の本腰を入れだしました。しかし、攻撃が形になって現れない日本。南アフリカの守りも堅い。
ようやく30分、左から三好がクロス、堂安がヘディングシュートしますが、大きく右に外れます。
32分にも堂安が右サイドからフリーキック。どんぴしゃのタイミングで板倉がヘディングシュートしますが、わずかに左に外します。
34分には南アフリカがカウンターアタック。マクガルワが左からクロスを上げるとシングがファーからシュート。大きく外しましたが、怖い南アフリカの連動でした。
アディショなるナルタイム2分10秒、コンガー主審(ニュージーランド)がハーフタイムを宣しました。日本のポゼッション56%、シュート数は4-11と大きく日本がリードしていました。

次の1点が勝負の分れ目になることは明らかでした。
後半3分、日本は小川がゴール前で粘ってシュート。南アフリカのクリアが僅かに及ばずゴールイン。このラッキーともいえるシュートが試合の流れを変えました。後半14分、内山監督は満を持して久保を三好に代えて投入。
22分、日本は右サイドの初瀬がクロス、ファーでフリーでヘディングをした岩崎でしたが、左に外します。これを外すと、ペースは南アフリカへ行ってしまうものですが、南アフリカも体力的にきつくなってきてアグレッシブさが無くなってきました。
果たせるかな27分、左サイドから崩した日本、いったん右サイドに振って最後は堂安がクリーンシュート。ついに逆転に成功しました。
日本は、岩崎を遠藤(横浜Fマリノス)に、板倉を原(アルビレックス新潟)に交代、悠々と逃げ切りました。
難しい大会緒戦を勝利で乗り切った日本。それでも内山間時は記者会見では苦笑いも見せました。
ひとつ質問してみました。
「南アのミスにも助けられたとおっしゃいましたが、日本も絶対に決めなければならないシュートを二つ外しました。これから上に上がっていくためには、ああいったシュートを確実に決めなければいけないと思いますが、どう修正しますか?」
「まあ、すぐには解決しない問題です。代表以下、すべての年代での課題ですね。勇気とか決断力の問題だと思いますが、トレーニングの中で修正していきたいですね」

続く

11時すぎ。ほとんど人の残っていないスタジアムを後にしました。
行きはいれてくれたVIPエリアも帰りは「絶対に通らせない」といれてくれず、大回りをして帰りました。
なんとかタクシーを見つけて水原駅まで出て、帰りの社中で目に付けた「名作」というホテルまで歩くと4万ウォンで泊めてくれるという。これが最高のホテルでした。
ゆっくりくつろいで、昨夜の分まで疲れをとったスポーツ三昧でした。

[結果」
U-20南アフリカ 1-2 .U-20日本(前半0-1)
U-20イタリア 0-1 U-20ウルグアイ(前半0-0))


FIFA U-20ワールドカップ開幕。全州で2試合を取材。

9時、ラブホのようなモーテルの特大ベッドで目覚めました。

朝のルーティーンを済ませテレビをつけると、最近のU-20韓国代表のテストマッチのダイジェストを放送中。思わず見とれてしまいました。
そんなわけで、ホテルを出たのが9時45分。
とりあえず、全州駅のインフォメーションセンターでワールドカップ競技場行きのアクセスを尋ねると、試合のある日だけ駅前から競技場行きの有料シャトルがあるとのこと。1300ウォンだそうです。
昨日のソウル龍山から全州のKTX料金も3万4400ウォン。1時間40分も新幹線に乗ったら日本だったら1万円です。韓国の公共交通料金はお安いです。

駅前では韓国の民族舞踊のようなこともしています。まあ、それなりに世界的な行事であるU-20ワールドカップを盛り上げようと一工夫しているのでしょう。一般の関心は、6月にムジュで開催されるテコンドウの世界選手権の方が大きいようですが。
11時15分発のシャトルバスで競技場に向かいます。ダウンタウンを通過して北西の方向に向かいますが、5年前にACL取材のため1泊2日だけ短期滞在したときとは印象が大きくことなりました。
全州は思ったより大都会でした。なにか民家のようなものしかないと思っていましたが、高層ビルもけっこう存在しました。

30分ほど走り、都心部を抜けると、突然バスが止まります。恐れていた通り、かなり遠くで下ろされて歩かなければいけませんでした。はるか遠くに競技場が見えています。
それでも15分ほどあるいたでしょうか。なんとかスタジアムの観客入場口が見えてきます。
「ADセンターはどこですか?」と質問すると、最初は「知らない」「分からない」の回答。何人かめでやっと、
「この口とは反対側、スタジアムの向こうのほうです」と確約されて、「ああ、悪い予感が当たったな」。
仕方なく、スタジアムをぐるりと歩き、半周するとプレハブの8畳間ほどの部屋がたっており、そこに「ADセンター」と貼ってありました。
FIFAから届いた書類を見せると、簡単にADカードをくれました。写真は、2014年ブラジルワールドカップで撮影したもの、悪夢が蘇ります。
今回は、間単にくれたので過去の悪夢は水に流すことにしました。

スタジアムプレスセンター(SPC)が開くのは午後1時30分というので、そのあたりを散策。食事ができるようなところがあれば、そこで済まそうと歩き回りましたが、ガソリンスタンドとか工場の事務所のようなものしかない。バス停の待合ベンチで時間を過ごしました。
1時15分、SPCに向かうと、すでに開場されていました。

さっそくPCを開き無線LANを繋げると無事に開通。茶菓、飲み物、パンなども十分で飢え死にしないでも済みそうです。
メディアトリビューもSPCから同じ高さで自然にいけるし、ここは掘り下げ式のスタジアム。ミュンヘンのアレナに似ていて、とても見やすいスタジアム。記者席も今大会のために作り直したそうで、電源、有線LANも各テーブルに行き渡っていました。今日は韓国戦があるにも関わらず、空席があるほど十分です。快適な取材環境といっていいでしょう。
問題はアクセスの悪さですが。帰路が大変でしょうが。それは後ほど。

気幕戦は、なぜかマッチナンバー2、アルゼンチンvs.イングランドという因縁の一戦です。
1998年フランス大会でのサンテチエンヌの一戦も取材しました。
そして2002年韓日大会での札幌のリベンジマッチも取材しました。フォークランド紛争以来の確執が見え隠れします。
オペラのアリアのようなアルゼンチン国歌は口ずさみ、英国国歌ガッドセーブザクィーンは斉唱し
U-20アルゼンチン代表の先発は、GKペトロリ(リーベルプレート)。DFフホイス(エストディアントス)、セネシ(サンロレンソ)、バレンズエラ(ニューウェールズ)、MFアスカシバル(エストゥディアトス)がアンカー、右翼がモンティェル(リーベルプレート)、左翼がコロンバート(トラパニITA)。トップ下右がトーレス(ボカジュにオール)、左がロドリゲス(エストラネアントス)、中央がパラシオス(リーベルプレート)。FWポンセ(グラナダESP)。3:3:3:1の婦人です。
対するイングランドのスタメンは、GKウッドマン(ニューキャッスル)。DFケニー(エバートン)、トモリ(チエルシー)、クラークソルター(チェルシー)、コノリー(エバートン)。MFクック(ボーンマス)、オノマ(トットナムホットスパー)のダブルボランチ、右翼がドゥエル(エバートン)、左翼がカルバートバイン(エバートン)、トップ下がソランク(チェルシー)。FWアールムストロング(ニューキャッス)。4:2:3:1の布陣です。
午後4時30分、アルゼンチンのキックオフで試合開始。
やはり、FIFAの公式大会は、取材していても興奮します。まさに真剣勝負。
サッカーの面白さと怖さを改めて知らされた試合でした。
アルゼンチンのボールポゼッションは59%。試合のほとんどを支配しました。それでも勝ったのはイングランド。硬いDFからのカウンターアタックで確実に強豪アルゼンチンの息の根を止めました。
34分、アルゼンチンはパラシオスの蹴ったコーナーキックをコロンバットがヘディングシュート。クロスバーに阻まれます。これが得点になっていれば……。
4分後、イングランドが反撃。右からドゥエルがクロス、左サイドから飛び込んできたカルバートルインがヘディングで決めました。

続く


[結果]
U-20アルゼンチン 0-3 U-20イングランド(前半0-1)
U-20韓国 3-0 U-20ギニア(前半1-0)

詳しくは後ほど。

韓国に到着。両替しただけでソウルを離れ全州に移動。

羽田空港国際線ターミナル、108番ゲート待合室で日付を超えました。
日本の出国スタンプは5月19日ですが、実際に飛行機(MM809便)が飛び立つのは5月20日ということになります。
1時40分、定刻よりも10分遅れて搭乗が始まります。
わたしが予約した8D隣の席は空席でした(ラッキーでした。LCCの席は聞きしに勝る狭さです)が、ほぼ満席の盛況。やはり2時間足らずのフライトだったら、LCCでも満席になるんですね。
ほぼオンスケ(予定時刻とおり、の意味。元CAだったかみさんが好んで使った表現です)でMM809便は飛行に入ります。
ところで飛行機の出発時間は、どの時点をいうのかご存知ですか? 正解は車止めを外した時点の時刻をいうそうです。これもかみさんの受け売り。
MM809便は、なにごともなく韓国上空へ。予定より15分早く仁川国際空港に到着。到着時間は、タッチダウンした瞬間だそうです。今回は4時5分でした。これもカミサンの受け売りです。

さて、預けた荷物を受け取り韓国ウォンを1銭も持っていなかったので仕方なく1万円だけ両替。9万3000ウォンを手にしてKTX乗り場へ急ぎます。
2002ワールドカップの際、韓国の組織委員会がプレゼントしてくれた交通カードに金額をチャージしようとしたのですが、機械の具合かカードの具合が悪くてチャージできません。仕方なく1回切符を買って空港戦で弘大前まで行き、そこで地下鉄2号線に乗り換え明洞へ。両替をするためです。
ところが到着したのは7時。あまりのも早くて両替商がやっていません。
仕方なく、道端に座って体温の計測、血圧測定。体重計はないので省略。朝食代わりに持参したバナナ(等々力競技場でゲットしたもの。出発前に食べきれなかった)を胃袋に放り込み15粒の投薬。
少し移動すると「ポストタワー」という大きな建物(郵政省と中央郵便局の機能を持ち合わせたビルらしい)があり、そこにベンチがあったので両替商が開くまで時間潰し。
10時、両替商をたずね4万円ほど両替。空港のレートが0.93だったのに、ここは10.13。しかも手数料もなし。この厚遇は何? いつもわざわざ中国大使館の前まで両替に来ています。

本来なら少しソウルで遊んでから夜行で最初の目的地・全州には夜行で行き1泊浮かそうとも思っていたのですが、これからソウルを遊びまわる元気もない。ただちに龍山に向かい(全州方面の電車が出るターミナル駅)に行くことにしました。地下鉄2号線を市庁まで行き、そこから1号線に乗り換え3個めです。
龍山駅で一番早く着くKTX(韓国新幹線)の時間を聞くと12時20分発だそうで、それに乗ることに。昼食は結局コンビ二弁当に。
KTX麗水エキスポ行きのKTX山川(サンチョン)も定刻発車。13時58分にオンスケ到着。韓国新幹線も正確です。

全州は5年ぶりの訪問。前はADLの柏レイソルvs.全州現代戦を取材しました。
そのときは、ダウンタウンの全州観光ホテルに宿泊。5年前の印象では駅は町の外れにあり、駅周りは何もない、と思っていましたが、けっこうな繁華街でした。
暑いし、心不案内で駅の待合室で1時間30分ほど座っていましたが、駅から歩いて10分くらいのところに何軒か安いホテルがあるらしい、という情報を得て、3時30分すぎに勇躍駅を出発しました。
そこにハングル語しか表記のないホテルがあり、おばさんに交渉すると1泊2万5000ウォンでいいという。2500円ですよね。まあ、韓国のホテルは、ビジネスとラブホテルの境が曖昧といいますが、言葉も分からないのに、よく交渉成立になったものです。
さっそくチェックイン。4時少し前であったと思います。久しぶりにバスタブに湯を張り、選択もすましベッドに潜り込みました。
やはり2晩連続と徹夜行はやめてよかった。ぐっすり眠りました。

夜10時ころ置きだして近所のコンビ二へ。歩いてみてよかった。きれいな夜のイルミネーションや、結構な繁華街(夜の街)もあるようです。
わたしは、夕食用のカップめん、ビール、明朝の朝飯用にサンドウィッチを買って部屋に戻り、そそくさと夕食を済ませ、再びベッドに潜り込みました。
週末ということで車でやってくるカップルも多いようでしたが、まったく気にせず熟睡しました。

そんなスポーツ三昧でした。

旅立ちの日。準備に1日費やす。

久々の出張取材旅立ちの日。

毎回思うことですが、取材の申請、日程など決めるときにはウキウキするのに、いざ出発という時になると憂鬱です。
毎回、ホテルも移動手段も確定せずに出発するのです。
少し不安になるものです。
まあ、いざ出かけてしまえば、それが楽しい旅になるから不思議です。
多少のトラブルはありますが……。
きょうもそんな感じ。準備に最後のあがきです。
いちおう、いつもおせわになっている韓国ライター大島さんには電話でご挨拶を済ませました。
大島さんは、一昨年の光州ユニバ以来渡韓されていないそうですが、わたしもまったく同じ。
昨年は1回も海外にはでていません。1978年に初めて海外に出てから、1回も海外に出ていないのは2000年と2016年の2回だけです。

大急ぎで旅具を整え、午後8時10分出発。東伏見20時31分初の電車に乗ることができました。
羽田国際線ターミナルに着いたのは10時前。
そこから搭乗するピーチエアーのチェックインが始まるまでが長かった。
23時30分、ようやくチェックイン開始。荷物を1個預けて、やることもなく通関出国。今のパスポートでは初めての出国です。

ここで今日の日付の記事は終了です。
明日の日付のブログに記事はまたがります。

日本オリンピックアカデミーコロキウムに参加。岩瀬さんに再会する。

肌寒い春が続いています。
今日も最高気温が20度に達しない4月中旬の気候だとか。

早朝から秋篠宮眞子さま御成婚の話題一色のテレビ報道。
フジテレビの女性アナウンサーが、「国際基督教大学」を「コクサイキトクキョウダイガク」と読んだのにはビックリしました。しかも周りのスタッフも気がつかず、訂正するまでに随分時間がかかりました。
それにしても、どうして発表が今なのか?
いろいろな問題で追い詰められている安倍政権が、話題をそらすためリークしたのではないか、と疑ってしまいます。なによりもの証拠は、
「しかるべく時期がきたらお話します」とだけインタビューに答え続ける小室圭さんの態度もおかしい。
そういうことを、きっちりと検証していくのもジャーナリズムのお仕事のはずです。

検温、血圧、体重測定、朝食、投薬と術後のルーティーンを8時30分までに済ませます。
それから暫時休養し、「ノンストップ」が始まる頃から起きだし作業。

昼食を挟んで明日出発するU-20ワールドカップの下調べ。
予定を立てている時は楽しい取材行も、いざ行くとなると不安になるものです。

4時50分、ドン曇りの下、新中野に向けて自転車を走らせます。今日は明日の出発に備えてアフターファンクションには参加しないことにしました。
午後5時45分、会場の新中野切手サロンに到着。日本オリンピックアカデミー主催のコロキウム(オリンピック・パラリンピックの映像を鑑賞して意見を交換する会。首都大学東京の舛本教授が主宰者)に参加します。今回は会を重ねること178回。お題は「シドニー・パラリンピック開会式」。13名の善男善女が集まりました。

2000年に開催されたシドニーパラリンピック。
1988年のカルガリー冬季大会からオリンピックを現地で取材していた私は、ソウル、アルベールビル、バルセロナ、リレハンメル、アトランタ、長野と7回連続でオリンピックを取材していた私は、とうぜんシドニーも取材すべく準備を進めていました。取材用のADカードは手に入らなかったので、チケットの手配も済ませ行くばかりになっていたのですが、開幕直前に名古屋の実家が水害に遭い、その後片付けのため行くことができませんでした。痛恨の記憶です。
そんなわけでシドニー・パラリンピックの開会式が挙行されたオリンピックスタジアムも行ったことはありません。まったくTV画像で観ただけです。

それにオリンピックの開会式は記憶にあるのですが、パラリンピックの開会式については、ほとんど初めて観るような状態でした。
式前のパフォーマンス、参加する国と地域の入場行進の途中まで見ました。行進は、ほとんど終わる前まで来ていましたが、それでも1時間30分強。この大会は122の国と地域が参加していたといいますが、それでも時間をとります。
行進している人たちのユニフォームが色とりどりで楽しく、雨が降っているにも関わらず、観客席を埋めたボランティアの人たちの楽しそうな雰囲気がオーストラリアらしくて良かったですね。
来月の例会は、6月21日に決まりました。この日はサッカー天皇杯2回戦の開催日。たぶん、欠席でしょうね。

帰りがけ会場のエレベーターホールで、コロキウムに参加していた一人の女性から声を掛けられました。
「白髭さんでいらっしゃいますよね。昔、高校サッカーの仕事でご一緒させていただいた岩瀬です」
このブログの5月1日の記事で紹介した元宮城テレビ放送の岩瀬裕子さんでした。
コロキウムに参加する女性は珍しく、初めての方だけどどこかでお会いした方だな、と思っていましたが、まさか岩瀬さんがいらっしゃっているとは思いませんでした。
彼女は現在、荻窪にお住まいで、帰る方向がご一緒だったので途中まで青梅街道を一緒に自転車を走らせました。その途中、お互いの近況を語りあったのですが、彼女は今は首都大学東京(舛本先生の教え子ではないそうです)で大学院修士課程を受講されているそうです。まあ、スペインに留学されていたこと、バスケットボール世界選手権の際、世界一に輝いたスペイン代表のアタシェを務められたなど多才な方ですが、まだ勉強されているんですね。
4歳の男のお子さんがいらっしゃるそうで、その坊やと今季のベガルタ仙台の開幕戦を観に行ったと楽しそうにお話しされていました。
彼女とは、荻窪の環八を越えたあたりでコロキウムでの再会を約してお別れしました。

午後9時30分帰宅。
夕食を済ませ、床に就いたスポーツ三昧でした。


サッカーユニバーシアード女子代表の合宿取材に行ったけれど……。

4月中旬の気候が続く東京地方。
朝のルーティーンを済ませ、しばし休養。
10時前から起きだして作業。
昼食を挟んで午後2時に自転車で家をでます。

昨日から西が丘のナショナル・トレーニングセンターでサッカーユニバーシアード日本代表の合宿が始まっています。
今年の8月に中華民国(台湾・スポーツの世界では「中華台北」)の台北で行われる第29回夏季ユニバーシアード(大学生のオリンピックといわれる総合スポーツ競技会)に参加する日本女子学生代表の選手選考を兼ねた合宿です。
監督は、望月聡さん。彼と私には浅からぬ因縁があります。1983年、日本高校選抜に選ばれた望月さんは、オランダと西ドイツに遠征しますが、その遠征に私が帯同取材しました。高校選抜のヨーロッパ遠征には通産15回帯同している私ですが、望月さんとご一緒した遠征が史上初の選手団に入っての帯同取材でした。
その時のメンバーは、長谷川健太(現ガンバ大阪監督)、大榎克己(元清水エスパルス監督)、堀池巧(現順天堂大監督)、楠瀬直木(U-17日本女子代表監督)らが参加した日本高校選抜でした。
その後、望月さんは浦和レッズなどで活躍されたのですが、現役引退後は指導者に転進。2011年女子ワールドカップで日本代表が優勝した際のコーチを務め、2015年光州ユニバーシアードでは、日本女子ユニバーシアード代表でも監督を務め3位になっています。それらの大会も、わたしはフルで取材しました。
今回のユニバーシアードも取材申請したのですが、とにかく激励かたがた一度は取材したいと思っていたのです。それで、合宿中に取材しようと西が丘まで出向いたわけです。

3時30分、西が丘に到着したのですが、練習が始まる雰囲気はありません。日本サッカー協会広報から配布されたニュースリリースでは、たしかに今日の午後4時から西が丘でトレーニングマッチがある、と記載されていたのですが……。どこかLリーグのチームのグラウンドに武者修行にいってしまったのでしょうか?
ふつう、グラウンドの移動とか時間の変更があった場合は、JFAインフォメーションということでメールで変更連絡があるはずですが、ありませんでした。ユンバーは学連主導で運営しているので、連絡が上手くいっていないのかもしれません。
ともかく取材は空振りに終わりました。

空しく帰宅したのは5時30分。

そんなスポーツ三昧でした。

退院後15回目のリハビリ。jfa.comでU-20日本代表vs.U-20ホンジュラス戦を観戦。

新しい週が始まりました。
お天気はいまひとつ。肌寒い春の日です。

今日は1993年、Jリーグの開幕戦が行われた日で「Jリーグの日」になっています。
あの日、今は亡き国立競技場で、わたしはヴェルディ川崎vs.横浜マリノス戦を確かにみていました。
あれから24年です。
そして沖縄がアメリカから日本に返還された日でもあります。40年経ちました。

今日もゆっくり朝のルーティーンを済ませ、午前中はノンビリと過ごしました。
お昼前に田無の中央総合病院へ。退院後15回目のリハビリに出かけます。

血圧と体重を測定し、簡単な体力測定。
そして30分間のバイスクル。
ストレッチングをして血圧を計れば終了です。
リハビリは、いちおう手術後150日で終了ということになります。これからは自己管理ということになります。
ガンバ大阪サポの女性トレイナーの先生から「心臓リハビリテーション卒業証書」を受理しました。
一つの区切りですが、もう一回検査をして、再手術ということもあるそうです。

田無の書店でガイドブックとサッカーダイジェストなど久しぶりに購入。旅の準備です。
2時すぎ帰宅。昼食を済ませ作業。
大相撲中継も見ました。

買い物に出て即帰宅。
午後6時30分からjfa.comでU-20日本代表vs.U-20ホンジュラス戦をインターネット観戦。静岡エコパで行われた公開試合(無料)でしたが、本来なら取材に行きたいところでしたが、ナイトゲームで帰ってこれないので取材は諦めました。でも、インターネットとはいえライブで取材できるのは有り難い。
スタメンも時間も流れません。そこはjfa.com。ズームはありますが、カメラは1台だけです。
前半15分、坂井主将(大分)の蹴ったコーナーキックを小川(岩田)がヘディングシュート、先制した日本でしたが、ホンジュラスも19分にカウンターアタックから右からクロス。フリーになった中央の選手がゴールし同点に。
32分にはスルーパスから右サイドの選手が抜け出し、右60度からシュート。ホンジュラスに逆転を許してしまう日本。昨年のU-19アジア選手権では大会を通して無失点で優勝した日本でしたが、案外ディフェンスに課題があるようです。
このまま前半を1-2で終了します。

後半5分、PKを得た日本は、坂井が決めて2-2として試合を振り出しに戻します。
後半15分には、再びコーナーキックから板倉(川崎フロンターレ)がヘディングシュート、勝ち越しの3点目をゲットし逆転。これが勝利ゴールになりました。
後半17分、固定メンバーで戦うことが多い内山監督が、15歳で飛び級参加している久保(FC東京)を投入。得点には繋がりませんでしたが、オープンへの走りこみ、スルーパスの供給などで明らかに攻撃のリズムが変わりました。久保は途中交代で試合の流れを変えることはできるようです。また、それ以上の守りの齟齬は出ず、日本は大会前のインターナショナル・テストマッチを勝利することができました。
本大会でも1次ラウンドグループDの日本とグループEのホンジュラスは、日本が2位抜けでホンジュラスが1位抜けだと決勝ラウンド1回戦(ベスト16)で対戦する可能性があります。そういった意味で、今日の勝利は大きな勝利であったと思います。
この後、30分間1本のトレーニングマッチが組まれましたが、スルーパスを受けた森島が右60度からシュートを決めて1-0で勝利しました。まず幸先良いスタートといえます。

夕食を済ませ、10時前には床に就いたスポーツ三昧でした。
<了>

[結果]
U-20日本代表 3-2 U-20ホンジュラス代表(前半1-2)


お天気が回復した日曜日、久しぶりに休日に。

サッカーJ1リーグ開催日でした。
味の素スタジアムのFC東京vs.柏レイソル戦は、MXテレビで録画放送があったので、NACK5スタジアムの大宮アルディージャvs.べがるた仙台戦の取材に行こうかとも思ったのですが、キックオフは午後5時。取材をを終えて記録をピックアップし帰宅すると9時すぎ。往復4時間の道のりを考えると、また体調を崩す心配があるので、やめて自重しました。
なにしろ今週末からハードなU-20ワールドカップの取材もあるので……。
無理は禁物です。全てを無くしてしまう可能性がありますから。

そんなわけで、朝のルーティーンを済ませ午前中はゆっくり。
お昼頃から起きだし、自宅で作業をしていたら、あっという間に大相撲夏場所が始まります。
稀勢の里は、まったく右手が使えず完敗。前途多難です。

夕方、お使いに出たのみ。
お店で日本製紙クレインズのGK井上光明選手のお父さんにバッタリお会いしました。時候のご挨拶と昨年末の心臓冠動脈拡張手術のお話で盛り上がりました(?)。

そんなスポーツ三昧でした。

前の10件 | -
2017年04月|2017年05月 |- ブログトップ
メッセージを送る