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ビーチサッカー日本代表記者発表と陸連強化方針説明会を取材。

すっかり春らしくなってきました。
最低気温は10度を下回らなくなり、最高気温は21度です。
つい1ヶ月前の寒さが嘘のよう。

毎朝のルーティーンを済ませ、少し静養。
10時前に起床して作業。
早めの昼食を済ませて12時30分に自転車で出発。
リハビリを兼ねて御茶ノ水のJFAハウスまでお花見サイクリング。
新青梅街道の江古田1丁目あたりの桜並木は満開。
垣間見た江戸川橋公園も満開のようでした。

JFAハウス4階の会議室で4月27日にバハマで開幕するFIFAビーチサッカーワールドカップに出場する日本代表の記者発表会を取材しました。
登壇者は、北澤豪ビーチサッカー強化委員長(1988ワールドカップ直前に代表をカズと共に外された北澤さんです)、マルセロ・メンデス監督、新垣ヘルマン通訳の3名。GKコーチのパウロ・ホシャさんは、記者が座る椅子に座っていました。記者は約30名。その他、関係者が後方で多数見ていました。
北澤さん、メンデス監督の挨拶の後、記者に選ばれたメンバーとスケジュールの書かれた資料がリリースされました。代表選手は、以下の通りです。

GK
照喜名 辰吾(琉球エリスリナ)
河合 雄介(東京ヴェルディBS)

FP
田畑 輝樹(ヴィアティン三重BS)
小牧 正幸(ヴィアティン三重BS)
飯野 智之ドルそーレ北九州)
後藤 崇介(東京ヴェルディBS)
山内 悠誠(琉球エリスリナ)
茂怜羅 オズ(東京ヴェルディBS)
原口 翔太郎(東京ヴェルディBS)
赤熊 卓弥(ドルソーレ北九州)
鈴木 将人(東京レキオスBS)
大場 崇晃(東京ヴェルディBS)

以上です。
GKの照喜名は2005年の第1回から8回連続の出場。ギネス級の記録です。
選出された選手が全員ユニフォーム姿で登壇し、抱負を述べました。
記者会見では珍しく、全員に拍手が贈られました。
記者からの質疑応答は2問だけ。やや寂しい。フォトセッションがあり、会は30分ほどで終了しました。

3階の記者室で資料収集のあと、3時20分にJFAハウスを後にしました。

中仙道(国道17号)を使って本蓮沼の西が丘サッカー場横にあるナショナルトレーニングセンターに移動しました。ゆっくりと約1時間かかりました。
ナショナルトレーニングセンター周りの桜も満開でした。

午後5時、今年度の日本陸上競技連盟の年間強化方針の記者説明会が始まりました。毎年行われている恒例の行事です。
昨年11月、男子100mの日本記録ホルダー伊東浩司氏を座長とする強化委員会が立ち上がりました。とりあえず2020年東京オリンピックまで、伊東委員長をトップに日本陸上の強化が舵取りをすることになりました。
各担当責任者が、今年の方針を述べていきます。おおむね昨年のリオ五輪の代表を中心に今夏ロンドンで行われる世界選手権に向けての強化方針や合宿の予定が述べられました。
男子マラソンのチームはニュージーランドで合宿中とかで瀬古節が聞かれなかったのは残念でしたが……。
まずは世界陸上でお手並み拝見、ということになるのでしょうか。

記者説明会は1時間ほど。その後、懇親会があり、直接関係者に話が自由に聴けるので、記者からの実技応答は2問ほどでした。

懇親会では、女子マラソン担当の山下佐知子さん、伊東強化委員長が多くの記者に囲まれていました。
1998年にバンコクで開催されたアジア競技大会で現在の日本新記録10秒0を出した伊東さんと名刺交換し(陸連と甲南大学のもの2枚いただきました)少しだけお話しました。
じつは19年前、バンコックで日本新記録(当時はアジア新記録でもあった)をだした決勝戦のレースをタマサット大学の陸上競技場で実際に取材したことがあったのです。
そのレースで伊東さんは、100mの最後を力を抜いて流したように見えました。もし、あの時、最後まで全力で走っていたら、10秒の壁を破っていたのではないか。19年間ずっと疑問に感じていたのです。
良い機会であったので、ぶしつけに聞いてみました。
古い話ですね」と前置きした伊東さんは、
「その通りです。たしかにあの時は最後すこし流しましたね。逆にそれが好記録に繋がったともいえますが、今でもカミサンから「あなたは詰めが甘い」とよくいわれますよ」と笑っておっさyっていました。
19年ぶりに話が聞けて胸のつかえが降りたような気がしました。
少し強化の話をうかがい握手をして帰ってきました。

懇親会は7時15分頃お開きに。
9時少し前に帰宅。
早めに床に就いたスポーツ三昧でした。
<了>


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